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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(あ)1436号 判決 1976年5月06日

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人四名をそれぞれ罰金一万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審及び第一審における訴訟費用の四分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

一検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例はいずれも事案を異にして本件に適切ではないからその前提を欠き、その余は、憲法二八条違反をいう点もあるが、その実質はすべて単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

二しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決は、以下に述べる理由により、結局、破棄を免れない。

1  本件公訴事実につき、第一審判決は、各被告人について威力業務妨害罪の構成要件に該当する事実を認定したが、被告人らの行為は、目的において正当であり、手段・方法が許される限界内のものであること、本件行動による放送への影響が軽微なものであること、その他諸般の事情に照らし、正当な争議行為と認められ、実質的な違法性を欠いて威力業務妨害罪は成立しない、として各被告人を無罪とした。次いで、原判決は、第一審判決のした構成要件該当事実の認定を是認し、被告人らの行為は、手段・方法において争議行為として許される範囲を逸脱しているが、その実質が放送の商品価値を低下させたに止まつており放送を全面的に阻止したものではないこと、よつて生じた損害が比較的軽微なこと、目的が正当なこと、突発的に行われた行為として宥恕すべき事情もあること等の諸点を考慮すれば、被告人らの本件行為の実質的な違法性及び責任は軽微なものと解せざるを得ず、刑罰をもつて臨まなければならない程のものとは認められないのであつて、第一審判決の結論は結局相当である、として検察官の控訴を棄却したのである。

2  ところで、原判決が是認する第一審判決が認定した事実の要旨は、次のとおりである。

被告人らは、大阪市北区堂島船大工町に本社を設け大阪府吹田市山田下二九七番地に千里丘スタジオを有する株式会社毎日放送の従業員で、毎日放送労働組合の組合員であり、本件当時被告人森口は組合執行委員で中央闘争委員、被告人小山は中央闘争委員であつた。昭和四〇年のいわゆる春闘において、組合は賃上げ、諸手当の増額等労働条件の改善を要求して会社側と団体交渉を重ね、要求実現のためたびたび部分スト、時限ストなどを繰り返していた。その間にあつて組合は、同年五月六日正午から午後一時三〇分まで千里丘スタジオでストライキをすることを決定し、同日正午ころ、午後一時から三〇分間放送が予定されていた「ママの育児日記」(以下、本件番組という。)の放送番組要員である労働組合員が千里丘スタジオ内Dスタジオの職場を離脱した。会社側の管理職員は、これに代替して右放送を行おうとしたが、多数の組合員がD副調整室に入り込み同室の機械を占拠したためその使用が不能となつたので、やむなく隣のCスタジオからテレビカメラ一台をDスタジオに持ち込みC副調整室を使用して放送することとし、そのカメラケーブルを外側から引き入れたためDスタジオ西側出入口扉が完全に閉鎖できないままの状態で右放送を開始した。これに対し、組合側は右放送を中止させるためにDスタジオ西側出入口前で抗議行動をとることに決し、その指示を受けた被告人ら四名を含む組合員約四〇名が意思を相通じてDスタジオ西側出入口扉前に集まり、同所において一斉に「がんばろう」という題名の労働歌を高唱し、拍手し、「社長団交に出ろ」、「八〇〇〇円よこせ」、「つまらん放送はやめろ」などとシユプレヒコールを始め、被告人森口が、携行していた電気メガホンを用いて歌やシユプレヒコールの音頭をとり、他の組合員がそのスピーカーを扉の隙間に押し当てたりして、本件番組のコマーシヤルが終つた直後の午後一時一分三〇秒ころから同一時七分五〇秒ころまでの約六分二〇秒間、右生放送に組合員の労働歌やシユプレヒコールの騒音を混入せしめ、もつて威力を用い会社の業務を妨害したものである。

3  そこで検討すると、被告人らの本件行為の目的は、労働条件の改善の要求であつて正当なものではあるが、行為の具体的状況、態様は、第一審判決の認定するように、被告人らは、争議のため職場を離れた組合員に代つて管理職員が予定の放送業務を行つているところに多数の者とともに押し掛け、労働歌を高唱し、拍手し、シユプレヒコールを繰り返し、スピーカーを扉の隙間に押し当てたのであるが、更に原判決の判示するところによれば、その際被告人らは管理職員が騒音の混入を防ぐため内側から扉の隙間に押し当てたカーペツトを外側に引き抜くなどしてことさら騒音を生放送に混入せしめ、右の騒ぎのため出演者らは心理的影響を受け、表情を固くし、アナウンサーすらも平常の落着きを失つてその声がうわずるほどであつたというのであつて、このような被告人らの行為は右争議の目的と掛け離れ、かつ、被告人らのように平素放送業務に従事してその特性を熟知している者の行為としては著しく常軌を逸して相当性を欠き、また、そのような行動に出なければならなかつたことを首肯させるに足りる事情があつたものと認めることはできない。そうしてみると、被告人らの本件行為は、動機・目的その他原判決の判示する諸般の事情を考慮に入れても、法秩序全体の見地(昭和四三年(あ)第八三七号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻三号四一八頁参照)からして、とうてい許容・宥恕されるものとはいい難く、刑法上、違法性及び責任を欠くものではないというべきである。従つて、本件行為は実質的な違法性及び責任が軽微なもので刑罰をもつて臨まなければならない程のものとは認められないとして、各被告人に対し無罪を言い渡した第一審判決の結論を相当であるとした原判断には法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼし、原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであることは明らかである。

4  よつて、刑訴法四一一条一号により原判決及び第一審判決を全部破棄し、直ちに判決することができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件について更に判決する。

第一審判決の理由第三、第四及び第五において挙示する各証拠により認められる前記二2の事実に法令を適用すると、被告人らの行為はいずれも刑法六〇条、二三四条に該当するので同法二三三条(同法六条、一〇条により罰金の多額及び寡額は昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項、三条一項一号所定の額による。)の定める刑により、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その範囲内で、被告人四名をそれぞれ罰金一万円に処し、刑法一八条により被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、刑訴法一八一条一項本文により原審及び第一審における訴訟費用の四分の一ずつを各被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(岸上康夫 藤林益三 下田武三 岸盛一 団藤重光)

検察官の上告趣意《省略》

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